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Author:おく
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当ブログは18禁の要素を多く含みます。その為18歳未満の方は閲覧しないようお願い致します。

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初心者だけど重度のエロゲーマー。プレイ本数が増えてきたけどまだまだ新参者のつもり。当面の目標は積みゲを全て崩し終えること。
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エロゲにエロは必要ないのか?~エロゲが18禁である必要性~

「この作品にエロはいらなかった」
こんな評価を目にしたことはないだろうか?

エロゲにエロが必要であるか、18禁である必要性があるのかどうかは誰もが一度は考えたことのある命題だと思う。既に語られ尽くした議論であるかと思うが、今回はこれについて自分の考えを述べていきたい。

ただ、結論から言うと自分はこの問いに対する明確な答えに辿り着いていないし、個人が辿り着ける領域にはないと感じている。長ったらしく書いているが、最終的な主張は極めて当たり前のものになっている。
なのでそこまで期待せずに読んで欲しい。



※ここではエロ=Hシーンとする。つまりセックス・性行為

当たり前のことであるがアダルトゲーム(通称エロゲ)は18禁である。ここでまずエロと18禁は十分条件の関係にあることを確認させて欲しい。
・エロ→18禁
Hシーンがあるならば18禁であることは明らかであろう。真である。
・エロ←18禁
18禁要素があるからといってそれがHシーンであるとは限らない。偽である。
反例:残酷描写

つまり18禁要素とは必ずしもHシーンではなく、残酷描写などの他の要素の可能性もあるということだ。しかし今はエロゲにおける18禁要素の必要性について考えるので、Hシーン以外の要素に関しては考えないことにする。エロゲでも残酷描写が含まれる作品はあるが、凌辱・強姦といったHシーンと不可分の状況で含まれる場合が多い。またエロはいらないが残酷描写は必要不可欠だと感じた作品には出会ったことがないし、仮に存在していたとしても例外的な存在として考えなくても良いだろう。以下の論議ではエロと18禁が必要十分条件の関係にあると仮定し、エロゲが18禁である必要性をHシーンの存在のみに焦点を絞って話を進めていく。


今回はHシーンの観点からエロゲを4つに分類分けした。
①Hシーンの存在が設定の時点で必要不可欠であると分かる作品
②作品の目的・物語の展開上Hシーンの存在が必要不可欠である作品
③Hシーンが想いの確認・愛情表現として使われる作品
④Hシーンが物語と独立して存在している作品

※もちろんこれが全てではないと思いますがおおよそは網羅できていると思います

このように分類分けした場合「この作品にエロはいらなかった」と言われるのは③と④の場合である。せっかくなので①から順に例を挙げて説明していこうと思う。

①Hシーンの存在が設定の時点で必要不可欠であると分かる作品
例:「ぜったい遵守☆強制子作り許可証!!」「放課後☆エロゲー部!
※クリックすると作品のストーリー紹介に飛びます
この設定を読むとHシーンが作品世界を構成する上で必要不可欠な要素である事がはっきりと分かる。詳しく説明する必要もないだろう。

②作品の目的・物語の展開上Hシーンの存在が必要不可欠である作品
例:「EXTRAVAGANZA」「Crescendo」の優佳シナリオ、抜きゲ
  「天使のいない12月」
EXTRAVAGANZAは主人公夢美が蟲使い煉悟に連れ去られ、蟲を生む苗床として扱われるところから物語が始まる。①ともやや被るが、この展開にはHシーンの存在が必要不可欠である。そしてCrescendoの優佳シナリオは主人公とのデートの待ち合わせ場所に向かう途中の優佳がレイプされる展開がある。この展開を回避することは出来ない。(※本質に関わるネタバレのため要反転)
天使のいない12月はヒロインとのセックス、刹那的快楽を求めた触れ合いを中心に物語が展開する。これもまたHシーンの存在が必要不可欠である。
また抜きゲは即物的欲求を満たす目的で作られているのでHシーンの存在は必要不可欠であり、たとえその作品で欲求を満たすことができなくても不要と断定することは出来ないだろう。

③Hシーンが想いの確認・愛情表現として使われる作品
例:一般的な多くの恋愛ADV
ヒロインとの想いの確認・定期的な愛情表現としてHシーンが使われる場合。18禁である必要性に関する議論はよく③の作品の場合で行われる。

④Hシーンが物語と独立して存在している作品
例:「アルテミスブルー」
アルテミスブルーはHシーンの約半分が主人公田島ハルの妄想内でのシーンだ。ここでのHシーンは田島ハルの妄想内で独立して完結しているし、物語に直接的な影響を及ぼさない。


順に折って説明してきたが、そろそろ本題に戻ろう。エロゲが18禁である必要性に関する議論は、Hシーンが必要である絶対的な理由がない③、④の作品の場合で生じる。
「この作品にエロはいらなかった」
この発言の解釈の仕方には大きく分けて二通りがある。
(Ⅰ)Hシーンが物語の展開を阻害する要素になっていたのでいらなかった
(Ⅱ)自分にとってこの作品のHシーンは価値が無かったのでいらなかった

(Ⅰ)に対しては客観性のある答えを得ることが出来るが、(Ⅱ)は個人の主観に依る所が大きいのでかなりデリケートな問題になっている。
順に見てみよう。

・(Ⅰ)の場合
エロゲをプレイしていると「えっ?このタイミングでエロに入るの?」と感じた事が一度はあるだろう。ここでのHシーンは物語の進みを停滞させ、阻害していると言える。これは周りに話を聞いてみてもおおよそ同じ感想が返ってくる。

④で挙げたアルテミスブルーをもう一度例に取ってみる。田嶋ハルの妄想内でのHシーンは物語と独立して存在しているのでしばしば物語の進みを停滞させる。その為プレイ済の人の多くは「アルテミスブルーにエロはいらなかった」と感じたはずだ。これは「創世奇譚アエリアル」の予約特典にHシーンなし版が同梱されたことから恐らく製作者側も同じように感じているに違いない。

個人的な例も一つ挙げよう。自分は「天使憑きの少女」はHシーンの挿入がやや強引で、物語の展開を阻害していると感じたのでいらないと思った。ここで他の人がどう感じたのかを知るためにエロゲー批評空間の作品ページを見てみると、「濡れ場必要なし!」のPOVコメントが上位にきていることから他の人の多くも自分と似たような感想を抱いたのだと分かる。

このように(Ⅰ)の場合ではある作品のHシーンの必要性のなさが共通認識として他の人とも共有されているので、18禁である必要性に関する議論を生じることが少ない。

・(Ⅱ)の場合
④は(Ⅰ)の場合で解決したのでここでは③の場合のみを考える。ここで価値がないとは欲求を満たせなかった(つまり抜けなかった)からであろう。結論から言えば、ヒロインとの愛情表現として使われるHシーンが抜けるかどうかは個人の趣向によって完全に変わってくるので、一つの答えとして明示することは出来ない。
これはまあ当然のことである。

極端な例だが④で多くの人にとって必要ないと思われているアルテミスブルーのHシーンでも、人によっては物凄く抜けて「物語の進みは確かに阻害しているがそれを差し引いても自分にとっては価値があった、だからアルテミスブルーにエロは必要だ!」と主張する人もいるかも知れない。この場合ではいくら他の人が「エロは必要ないでしょ」と言ってもその人の主張を変えることは出来ない。

このようにエロゲが18禁である必要性がどうであるかは個人の主観によって完全に変わってくる、と言えるしここでまとめることも出来るのだが、これではちょっと物足りないのでもう少し頑張って考えてみようと思う。


③に当てはまるエロゲはしばしばコンシューマー化される。
12月には「WHITE ALBUM2」、1月には「恋愛0キロメートル」、また最近では「鬼ごっこ」「1/2 summer」のコンシューマー化も発表された。(※1)
ここでエロゲのコンシューマー化は(個人の主張は置いといて)、その作品がHシーンなしでも成立することの一つの証明であると捉えることが出来る
この時「コンシューマー化される作品の場合は最初からHシーンが存在しなくても特に問題はなかったのでは?」と考える人がいるかも知れない。

(※1) WA2は自分の中では②に分類分けされていた。その為コンシューマー化が発表された時は嬉しくもあり驚きでもあった。あの切なさと辛さをHシーンなしで描写できているのかは実際にプレイして確かめねばなるまい。
また1/2 summerは物語全体に占めるHシーンのウエイトが大きく(特に汐シナリオ)、あれからHシーンをなくしたらシナリオそのものを結構変えないといけないのではと自分は感じているが、これもプレイして確かめてみる必要があるだろう。

ただこれは簡単な問題ではない。作品としては成立しても本質が同じであるかは厳密に検証してみなければ分からないからだ。本質が同じでなければ18禁版とコンシューマー版は正確には異なる存在であり、Hシーンが必要なかったと判断することはできない。

詳しい話に入る前に確認なのだがセックスは最も有効な愛情表現である。これは人間の生殖本能にも関わってくるので特に疑問を感じることはないだろう。
またコンシューマー版では新キャラやルートの追加といった移植する時に必要不可欠ではない要素が追加される場合が多い。しかしここではそういった追加要素の存在は考えず(後で考えます)、あくまでHシーンの代わりに追加された描写だけを考える。

つまり18禁版とコンシューマー版の本質が同じであるかを知るためには、愛情表現として最も有効な手段であったHシーンの代わりに追加された描写が、Hシーンと比較しても遜色ないものであるかを厳密に検証しなければならない。

しかし検証する段階で新たな問題が発生する。③の例として多くの恋愛ADVと書いたが、こう一括りしてもその中でも更にジャンル区分は可能で、そのジャンルごとでHシーンの濃度が変わってくる。

例えば泣きゲー(例:Key作品)は他のジャンルと比較してHシーンが薄いとよく言われている。そのため追加された描写がHシーンに取って代わる事が比較的容易で、18禁版とコンシューマー版の本質が遜色ない可能性が高い。
しかし萌えエロゲ(例:1/2 summer)はHシーンが他のジャンルよりも濃く、追加された描写がそれに匹敵するものであるのは難しい。そのため18禁版とコンシューマー版の本質が遜色ない可能性は低い。

加えてコンシューマー化した作品がそもそもHシーンの代わりに追加した描写はそこまで重視せず、それ以外の追加要素に重点が置かれているのかも考える必要がある。この場合は本質が同じものになることはまずない。
例:「Dies irae ~Amantes amentes~」
DiesAaはHシーンを他の描写に置き換えただけでなく、マリィENDアフターや玲愛ENDアフター、ドラマCDのADV化といった多くの追加要素があり、むしろそちらの方にかなりの重点が置かれている。
例えば智代アフターでは追加要素はHシーンを他の描写に置き換えただけ留まっているが、DiesAaと比較するとたとえ同じコンシューマ版であっても18禁版との本質を比較した時にはかなり差があるだろう。

(調べたらDiesAaは単なるコンシューマ化というよりもリメイク扱いのようなので例えとしては少し悪かったかもしれません。他に例を挙げると先日発売された「水平線まで何マイル?」のコンシューマ版は新規シナリオ、既存ヒロインの後日談を田中ロミオ氏が新たに書き下ろしているとのことなので恐らくはこちらにかなりの重点が置かれていることでしょう。)

また単に新規ルートの追加といっても、例えば恋する乙女と守護の楯では18禁版には登場しなかった2名のキャラクターを新たに追加しルートを設けている。この場合はコンシューマ化するにあたってHシーンがない代わりの売りとして追加したことが予想される。この時新規に追加されたキャラのルートの比重はそこまで大きくないことが想像できるだろう。18禁版で登場しなかったキャラがいきなり優遇されていたらそれはちょっと困りものである。
しかし1/2 summerやましろ色シンフォニーでは一葉や紗凪といった18禁版では攻略できず、ルートが強く望まれてたキャラを新たに攻略できる。この場合は満を持してといった感じでかなり力の入ったルートになっていることが予想される。

このように一言にコンシューマ化といってもその作品ごとの追加要素によってはその意味合いが大きく変わってくるのだ。

つまり本質が同じであるかを確認するためには、まずはその作品をジャンル区分してHシーンの濃度を確認し、コンシューマー版で追加された要素の重点がどこに置かれているのかも推察し確認する。その上でHシーンの代わりとして追加された愛情表現としての描写が、Hシーンと比較しても遜色しないものであるかを一つ一つ厳密に検証する必要がある。

このように厳密な検証をする段階で更にまた様々な問題が生じ、その問題に対しても詳細な確認が要求される。そしてその結果を踏まえた上でようやく本質が一致しているかどうかの検証に入ることができる。
この広がりはここまでくると自分が最初言ったように、もはや個人が語れる領域ではなくなってきていることが分かるだろう。


唐突ではあるがここでウィトゲンシュタイン著「論理哲学論考」から有名な一節を引用して本文を締め括らせて頂きたい。

「語りえぬものについては、沈黙しなければならない」

ならば僕もこの命題に対して沈黙を守ろう。



最後はかっこつけてそれっぽくまとめてますが、単に話を広げていったら自分の手に負えなくなったので考えるのを放棄しただけです。終盤は一応頑張って書いたつもりですが、かなり意味が掴みにくい文章になっていると思います。自分の文章力の無さが恨めしい…。

「エロゲにエロは必要なのか」という命題はそれこそエロゲというものが存在する限り、永遠に議論される問題であるように思います。僕個人のスタンスとしては最後辿り着いたように自分の手に余る領域だと感じたのでこれからは沈黙を貫こうと思います。明確な答えが出たらまた別ですけどね。

ただ一つだけ言わせてもらうと愛情表現としてセックスに匹敵する行為はないと思うのでやっぱりエロは必要なんじゃないかと思います。あとは単純にエロがあったほうがテンション上がるし抜くかどうかは別としてないと物足りないですからね。

また今回はあくまで一ユーザーからの目線に留まり、製作者側の場合で考えられる作品のHシーンに対する位置付けを考えることはあえてしませんでした。

「表現の幅を広げたいのでとりあえずエロを入れて18禁にした」
「エロ目的の人に買わせたいから、売上を伸ばしたいからエロを入れた」
「抱き枕カバーなどグッズにも18禁要素を入れて売らせたいからエロを入れた」

実際はこんな思惑もあるかも知れませんが、これは非常に高度な問題であり推測の域を出ないからです。消費者にしか過ぎない自分には考えが及ばない領域です。


今日でブログを開始して丁度一ヶ月ということで、エロゲーマーなら誰もが一度は考えたことがあるだろう話題に関して自分の考えを書いてみました。こんな感じでこれからもグダグダ続けていければと思います。需要がないと言ってはいけない。

今回はこの辺で。それではまた。
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