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「SWAN SONG」感想

swansong
タイトル:「SWAN SONG
ブランド:Le.Chocolat
評価:B-(S~E)
以下ネタバレを含みます


――そのとき、人は絶望に試される。

まさにこのキャッチコピー通りの作品だった。
大災害物。極限状態に置かれた人間の本質を描いた作品。そこで描かれる人間性は醜く生々しい。東日本大震災が起こった今となってはこのテーマはより身近な、無視できないものになってしまった。
僕もあの震災ではそれなりに大変な思いをしたがそれでも市街地にいたので大分ましなほうだった思う。震災後二度ほど壊滅的な被害を受けた沿岸部に足を運んだがあの光景は今でも強烈に脳裏に焼き付いているし言葉に出来ない。
本作をプレイしているとあの時の混乱・光景が否応なく思い起こされ、読み進めていくと胸に何か重いものが蓄積していくかのような心地がした。

本作は物語ではなくライターである瀬戸口廉也氏の極限状態に置かれた人間の思考実験、シュミレートの結果であるように思う。作品評価の場において作品内容ではなく作品外の筆者の意図を深く推察することに些か抵抗はあるものの、これをすることで作品内容の本質にも迫ると思うので考えてみたい。

一般的に物語を創作する時はまずはある程度結末の方向性を決め、途中の過程を詳細に肉付けしていくことで完成に近づける。が、恐らく本作には最初は決まった結末が存在していなかったのだと思う。大災害により崩壊した街という舞台でそれぞれの役割を持たせたキャラクターを瀬戸口氏が思うままに動かし、そして辿り着いた結末がノーマルエンドだ。しかし、そこでの結末が余りにも救われないものであったため、読み手の不満を解消するべく追加されたのがトゥルーエンドなのではないか。個人的にはノーマルエンドからは救われなさよりも美しさを感じたのであそこで止めても全く構わなかったのだけれども。恐らく制作当初は一本道構成でありトゥルーエンドの存在は予期せぬ物だっただろう。取って付けたような扱いなのはそのためだ。

本作の登場人物には何らかの役割が与えられている。ここでは始まりとなる教会で出会った尼子司、田能村慎、川瀬雲雀、鍬形拓馬、佐々木柚香、八坂あろえの6名に与えられた役割について述べていきたい。

・尼子司
泰然の象徴
本作の主人公。感情の振れ幅が少なく冷静だが、他人との関わりにやや難がありしばしば自分の世界に没頭する。交通事故でピアノの信頼を失い、父親に見捨てられながらも彼の強さは失われることはない。この強さこそが彼を主人公足らしめる理由なのだろう。どんな困難に見舞われながらも自分のペースを崩さない彼の姿は周りに大きな安心を与えたはずだ。
ノーマルエンドで左手を失い、命が尽きるその直前であっても空に向かって右手を伸ばし、柚香に生に対する意味を説き、ピアノへの愛着を語る司は強く美しかった。あれはまさに司の「SWAN SONG」であると言えよう。

・田能村慎
理性の象徴
本作のキーパーソン。飛騨が殺され、田能村がその罪を被せられ追いやられたことで自警団は崩壊し、秩序ばかりを優先し命の価値を顧みない暴力的な組織へと変貌する。これまで危ういながらも自警団がその体を保っていられたのは田能村が既の所で鍬形らの暴走を止め、理性的な判断を下すように求めたからだ。最も彼自身も極限の状況に疲れ狂いそうになるが、母性の象徴たる雲雀の存在がそれを防ぐ。
ノーマルエンド後に発生するトゥルーエンドへの分岐での選択が田能村の存在がキーパーソンであることを端的に示している。彼が歪んだ価値観に支配された街を見捨てないことで初めて幸福な結末へと辿り着くことが許される。ノーマルエンドでは彼は死に街も完全に崩壊するだけに彼の選択は街の命運を左右するものであると言えよう。

・川瀬雲雀
母性の象徴
あろえの世話役を務めたり子供と積極的に遊んだりと、常に弱者の側に寄り立った立場を取る。暴力的な思想に支配され、命の価値が軽んじられる状況に変化しても、彼女だけは集団の暴力的な意志ではなく個人の意志を尊重しようとする。常に他者の存在を気に掛け、あろえと司との再開では涙し、豹変した鍬形に対しても態度を変えないところに彼女の愛の深さが見て取れる。この愛を独占できる田能村はたいそう幸せ者だ。
また雲雀は母親のような強さを有している。ノーマルエンドで田能村が殺されても気丈に前を向き、敵味方関係なく殺し合うあの地獄のような場面であっても彼女だけはその狂気に流されることなく身を呈して子供を守ろうとする。あの場面は雲雀の母性が最も強く現れていた。
トゥルーエンドで雲雀が司に渡すひまわりの種は本質的には無意味なものだが彼女の愛が周りに行き渡ったことの象徴であるように思う。エンディングで丘一杯に咲いたひまわりを見てもうあのような悲劇は繰り返されないのだなと安心することができた。

・鍬形拓馬
独善(表)の象徴
本作で最も豹変する人物。彼の行き過ぎた独善的行動に対しては痛々しさすら感じるが笑う気には決してなれない。震災による社会基盤の崩壊、人が人を裁く業、力を得たことによる自身が抱く弱者としてのコンプレックスからの開放…様々な要因はあるがそれらを一身に背負って鍬形は猜疑心に苛まれつつも己の正義に従って行動する。トゥルーエンドで銭形は敗北は認めるが自身の考えの過ちは認めないところにその信念の強固さが伺える。序盤で人を殺した警官に彼自身が向けた強い嫌悪が今や自分にも向けられることを知りつつも、強い(醜い)自己弁護を繰り返して人殺し続ける鍬形の姿はどこか見てて悲しかった。
鍬形と似た立場にいるのが竜華樹。鍬形は恐怖によって支配を試みるが彼女は罪を赦し信仰によって人身を掌握する。結果としてどちらも完全に支配し得ないところに閉鎖的なコミュニティにおける集団心理の難しさを感じ取ったりもした。それにしても鍬形が弥勒菩薩を信仰する大智の会の当主である竜華樹を十字架に貼り付けて火炙りで殺そうとしたところにあの世界の不条理さというか強い皮肉を感じる。

・佐々木柚香
独善(裏)の象徴
鍬形が己の正義を外に押し付けていくのに対し柚香はどこまでも静かに、自身の内に留めていく。司との会話で初めて柚香は自身が絶望の思想に染められていることに気付く。瀬戸口作品の登場人物からはいつも「生」に対する諦観めいた感情を汲み取ることができるが本作の場合は柚香がそれに当たる。幼い頃に自身が凡庸で、取るに足りない存在であることを知った柚香の自身の生に対する執着心の無さは暗く深い。極限の状態でも強く生き抜こうとする姿や死にゆく姿を見ても柚香自身は特に何も感じないことで一層その思いを強めていく。そして彼女は最後まで司と分かり合えず、自身の生に対する意味を得ることはない。司に言わせれば柚香の生には確かな意味がありこれまでの生き方にも何も問題ないのだが当の彼女自身がそれを自覚していないしその言葉は届かない。生に対する執着心の無さからくる彼女の人間不信はいつか解決する日がくるのだろうか。
また鍬形が柚香に強く惹かれたのは美しさだけではない。鍬形は独善的な思考をその身に飼い慣らし、対峙してもその冷静さを崩さない柚香に恐れ、或いは同族意識を感じたからだろう。ノーマルエンド終盤の二人きりでの問答で鍬形はこれまで感じたことのない喜びを感じ、何度も肌を重ねた希美をあっさりと切り捨てる。セックスに強い憧れを抱いてきた鍬形がセックスを通して築き上げてきた関係が無機質なものであったと知るのもまた皮肉である。

・八坂あろえ
無垢の象徴
あろえは周りに対して何一つ有益な行動を起こさない。それでも自閉症患者であるあろえを登場させたことには強い理由が存在する。一人で生き抜くことができない、孤独から守る方法を知らないながらも孤独でしか生きていけないあろえはまさに無力な存在であり、彼女との接触は鏡のような役割を果たし、司以下五名のそれぞれの役割を改めて浮き彫りにさせる。
司はコミュニケーションも満足に取れないあろえとのやり取りで更に自身の思考に終始する。田能村は無力なあろえを見て弱者を見捨てない、理性的な行動を取るように決意する。雲雀はあろえの世話を通して自身の母性を失わない。鍬形、柚香は理解できないあろえの行動を見て自身の危険な独善的思考を更に加速させていく。
ノーマルエンドで一度は破壊された神の象徴たるキリスト像が人の手によって再構築させる。それも無力で無垢の象徴たるあろえの手によって。あそこはまさに人間の強さ・尊さを知らしめているしあの光景は本当に美しかった。あの世界に神(信仰)は存在しないがそれでもあろえが数多の破片を組み合わせて完成させたキリスト像は最後に司に大切なことを教えてくれた。残念ながらそれは柚香は共有できなかったけれども。


瀬戸口氏が伝えたかったのは極限状況における集団心理の脆さ、危うさであるように思う。生々しく説得力のある描写で描かれた個人の心理はそれはそれで恐ろしいが集団の比ではない。
また柚香だけは最後まで救いを得ることはできなかった。幸福な結末であるはずのトゥルーエンドであっても司とは未だ分かり合えていないし自身の生に対する意味を自覚できていない。そこまでの救いを与えないところに生に対する諦観めいた感情を描く瀬戸口作品らしさを感じたりもした。CARNIVALにおける理沙のように。
それでも僕個人の感情としては本作では描かれないその先で柚香が自身の生に対する答えを得ることを願って止まない。
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